メガアップロードとキム・ドットコム:ハリウッドとFBIによる壮絶な攻防と法の不条理
- 2024-12-31
メガアップロードとキム・ドットコム:ハリウッドとFBIによる壮絶な攻防と法の不条理
2012年1月20日、ニュージーランドのクーツビルにある「ドットコム・マンション」に、70名以上の特殊部隊員が突入。アサルトライフルを携えた彼らは、メガアップロードの創設者であるキム・ドットコムを含む4名のインターネットビジネスマンを逮捕しました。彼らの罪状は、世界規模の犯罪組織を運営し、企業に5億ドルの損害を与え、数億ドルの利益を不正に蓄積したというもの。この事件は、テクノロジーの進歩と旧来の法律の狭間で繰り広げられた、壮絶で複雑な攻防の物語であり、法の不条理を浮き彫りにするものです。
キム・ドットコム:天才ハッカーから億万長者へ
キム・ドットコムは、メガアップロードを創設する前から、成功した起業家として知られていました。ドイツ出身の彼は、ハッキングコミュニティで頭角を現し、世界中の大手企業のセキュリティの欠陥を発見するスキルを磨きました。
- ハッキングコミュニティでの経験: 若くしてハッキングコミュニティで名を上げ、高度な技術を習得。
- DataProtectの設立: セキュリティコンサルタントとして活動する会社を設立し、Vodafone、Daimler、ドイツ証券取引所など大手企業から顧客を獲得。従業員30名、数百万ドルの売上を誇る企業に成長させる。
- 革新的なプロジェクト: インターネット接続カーシステム「メガカー」や、銀行向けのモバイル認証システム(今日の技術の原型)など、先進的なプロジェクトにも携わる。
これらの成功から、彼は技術における金融的な機会を見抜く能力に長けていたと言えるでしょう。一方で、彼は豪奢なライフスタイルを送っており、高級車のレース、セレブとのパーティー、写真家による追跡など、常に人々の注目を集めていました。
メガアップロードの台頭とハリウッドの反発
キム・ドットコムは、自身の高級車のラリーの様子を動画に記録しましたが、そのファイルサイズが大きすぎてメールで送ることができません。この問題が、メガアップロードという、彼の最も成功した企業を生み出すきっかけとなりました。
2005年3月、MegaUpload.comがローンチ。巨大なオレンジ色のボタンをクリックするだけでファイルをアップロードできるシンプルで効率的なインターフェースは、ユーザーに絶大な人気を博しました。
- クラウドストレージの先駆け: 当時まだ「クラウドストレージ」という言葉が一般的ではなかった時代に、画期的なファイル共有サービスを提供。
- 無料・高効率・使いやすさ: これらの特徴がメガアップロードをトップファイル共有サイトへと押し上げた。
- 10億ユーザー超: 年間10億人を超えるユニークビジターを記録し、インターネット全体のトラフィックの約4%を占めるまでに成長。広告収入によって巨額の利益を上げる。
しかし、成功の裏には大きな影が潜んでいました。メガアップロードは、合法的な目的での利用が大部分を占めていましたが、著作権侵害コンテンツのアップロードにも利用されていました。特に、映画やテレビ番組といった大容量の動画ファイルの共有が容易になったことが、ハリウッドや映画制作会社に大きな衝撃を与えました。
米国政府とMPAAの介入:法の壁と圧力
MPAA(アメリカ映画協会)は、メガアップロードのようなクラウドストレージサービスが、彼らのビジネスモデルを破壊すると見なしました。MPAA会長クリス・ドッドは、米国政府に対し、海外からの著作権侵害に対処するよう強く働きかけ、2011年に提案された「STOPオンライン海賊行為法」を支持しました。
- MPAAのロビー活動: 強い影響力を持つMPAAは、米国政府に圧力をかけます。
- 資金カットの脅し: ドッドは、外国企業が著作権侵害コンテンツをホスティングしている問題に対処しない場合、資金を削減すると脅迫。
- FBIの捜査開始: MPAAの圧力を受け、FBIはメガアップロードとその経営陣に対する捜査を開始。
キム・ドットコムは、この状況を察知していましたが、常に先手を打つ準備をしていました。彼は、有名人を起用したPR戦略も展開し、メガアップロードの利用を促進していました。しかし、ハリウッドと米国司法省(DOJ)の力は、彼のPR戦略では太刀打ちできるものではありませんでした。
襲撃と逮捕:誕生日の悪夢
メガアップロードが香港証券取引所に上場する計画をしていたことから、FBIは迅速な行動を迫られました。米国政府は捜索令状を取得し、ニュージーランド当局と協力して、キム・ドットコムの誕生日である2012年1月20日にドットコムマンションを急襲しました。
- 軍事作戦さながらの逮捕劇: ヘリコプターによる突入、特殊部隊員による逮捕、攻撃犬の投入…まるでハリウッド映画のようなシーンが現実のものとなりました。
- 資産凍結とサービス停止: キム・ドットコムの資産6700万ドルが凍結され、メガアップロードのサーバーはシャットダウン、ドメインも押収されました。
- 5つの容疑: キム・ドットコムを含む4人の幹部は、著作権侵害、組織犯罪、マネーロンダリングなどの5つの容疑で起訴されました。
法の不条理:第三者侵害と不正な捜査
米国政府は、メガアップロードとその経営陣が、ユーザーによる著作権侵害を幇助し、奨励したと主張しました。これは「第三者侵害」または「二次的著作権侵害」と呼ばれる概念であり、この事件で初めて刑事訴追の文脈で提起されました。しかし、この概念は、米国やニュージーランドの法律には存在しません。
さらに、FBIは、メガアップロードに一定の侵害ファイルをサーバーに残しておくよう操作していました。これは、捜索令状申請に利用するための証拠操作と言えるでしょう。ある関係者の証言を引用します。
「彼らはメガアップロードに捜査への協力を求めました。メガアップロードは常に良き企業市民であったため、法律によって協力するよう求められた場合は、その通りにしました。しかし、法執行機関は、彼ら自身の捜査の一環である証拠を私たちが触ることを望んでいませんでした。FBIは後でこの点を逆手に取りました。」
この事件では、メガアップロードが違法コンテンツの削除において優れた実績を持っていたにもかかわらず、その事実が軽視されました。7年間で3000万件以上の削除要請に応じ、ディズニー、ワーナー・ブラザーズ、NBCなどの多くのコンテンツ企業に、違法コンテンツを報告するツールを提供していました。これは他のクラウドストレージ企業にはない取り組みでした。
メガアップロード事件の法的側面と国際的な問題点
メガアップロードの事件は、単なる著作権侵害の問題ではありませんでした。
- 国際的な法的複雑さ: メガアップロードとその経営陣の活動、そしてその大部分は米国国外で行われていました。
- 二次的著作権侵害の概念: 米国やニュージーランドでは認められていない概念を適用しての起訴。
- 不正な捜査: FBIによる証拠操作疑惑。
- ニュージーランドでの違法な盗聴: ニュージーランド政府によるキム・ドットコムとその同僚の違法な盗聴行為。
これらの問題は、米国政府のやり方に疑問を投げかけます。彼らは、メガアップロードを速やかに閉鎖し、同様のビジネスモデルを持つ企業への警告とするために、あらゆる手段を用いたと言えるでしょう。
Viacom vs. YouTubeとの比較:法解釈の恣意性
メガアップロード事件は、2008年にViacomがYouTubeとGoogleを相手取って起こした10億ドル規模の訴訟と非常に類似しています。Viacomは、YouTubeが海賊版コンテンツをホスティングしていると主張しましたが、判決は、YouTubeがDMCA(デジタルミレニアム著作権法)によって保護されており、許可を得てアップロードされたコンテンツとそうでないコンテンツを区別することが困難であったことから、YouTubeを免責しました。
このViacom vs. YouTubeの訴訟は民事訴訟でしたが、メガアップロードの訴訟は刑事訴訟でした。これは、結果に大きな違いをもたらす重要な点です。メガアップロードの事件は、迅速にサイトを閉鎖し、他の企業への警告とするため、刑事訴訟という手段が取られたと言えます。
続く闘いと未来への展望
キム・ドットコムとその仲間たちは、米国への身柄引き渡しに抵抗し続けています。ニュージーランド高等裁判所は、捜索令状とデータ押収が違法であると判断しました。しかし、8年以上が経過しても、身柄引き渡しに関する決定は下りていません。
メガアップロードはなくなりましたが、クラウドストレージサービスは依然として存在し、映画会社も新しい技術に適応してきました。Google Drive、Dropbox、OneDriveなど、多くのサービスが成功を収めています。
結論:技術革新と法整備の課題
メガアップロード事件は、技術革新と法整備の遅れが、いかにして個人の自由と企業活動を脅かす可能性があるかを示す、衝撃的な事例です。この事件は、単なるビジネスの失敗や犯罪事件ではなく、国家権力の濫用と法解釈の恣意性を浮き彫りにした、現代社会における重要な教訓となるでしょう。キム・ドットコムとメガアップロードチームは、自由と公正なビジネス環境のために闘い続けていますが、その道のりは依然として険しいものです。この事件が、今後のテクノロジーと法の進化に、どのような影響を与えるのか、注目していきたいところです。