反重力:夢と現実の狭間で―BIEFELD-BROWN効果の謎に迫る
- 2024-12-28
反重力:夢と現実の狭間で―BIEFELD-BROWN効果の謎に迫る
人類は古来より、空を飛び、重力から解放されることを夢見てきました。空想科学小説(SF)の世界では、反重力装置を搭載した宇宙船が当たり前のように描かれ、私たちの想像力を掻き立てます。しかし、現実世界において、反重力、すなわち重力に逆らう力を自由に操ることは、いまだに実現していません。 この謎めいた現象「反重力」について、その歴史、科学的な考察、そして都市伝説的な側面まで、多角的に探求していきましょう。
反重力の概念:その起源とSFとの関わり
そもそも、人類はいつから「反重力」という概念を身につけたのでしょうか?明確な答えは難しいですが、ニュートンが万有引力を発見したことが一つのきっかけと言えるでしょう。1666年頃の万有引力の法則発見、そしてニュートンが自筆で執筆した解説書『プリンキピア』の誕生は、古典力学の基礎として広く普及し、後の科学技術の発展に大きく貢献しました。
1800年代に入ると、ジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズといった作家が、科学的な空想を主題とした作品、いわゆるサイエンスフィクション(SF)の世界を切り開きました。そして1901年、ウェルズは『月世界最初の人間』を発表。この作品は、人類史上初めて反重力について具体的に記述した作品の一つと言えるでしょう。
しかし、調べてみると、1888年にパーシー・グレッグが発表したSF作品『Across the Zodiac』には、アペルギーという重力の逆の力を有するエネルギーが存在する記述があり、ウェルズよりも前に反重力に関する描写があったことが分かります。
19世紀後半から1920年代にかけては、宇宙旅行、先端技術、未知の科学といったテーマを扱うSFが隆盛を極めました。特に、無限の可能性を信じる少年たちにとって、重力を操るというアイデアは、夢のような魅力を持っていたはずです。 もしかしたら、SF界の巨匠たちはひっそりと少年たちの夢を見守っていたのかもしれません。しかし、ある少年は、こう宣言しました。「これはサイエンスであり、フィクションではない!」と。
BIEFELD-BROWN効果:電気推進の可能性と謎
この物語に新たな局面をもたらしたのが、トーマス・タウンゼント・ブラウンの発見した「BIEFELD-BROWN効果」です。簡単に言うと、非対称コンデンサに高圧の直流電流を流すと、推力が発生するという現象です。1920年代、ブラウンはクーリッジ管を用いた実験で、この効果を発見しました。1927年7月15日にイギリスで特許を申請し、1928年11月15日には「力または運動を生じさせる方法」として特許番号300311が発行されました。後にこの現象は「BIEFELD-BROWN効果」と定義されます。
米国陸軍研究所は、この効果の技術的な説明を付けるため標準論文文献の検索を行いました。しかし、この効果に関する参考文献は見つかりませんでした。一方、1960年にブラウンが申請した特許の説明には、BIEFELD-BROWN効果に対する最も明確な説明が示されています。
要点:
- 小さな電極がプラスの場合、コンデンサにかかる最大の力が発生する。
- 効果は真空または空気中で発生する。
- この効果は車両の推進やイオン推進体のポンプとして使用できる。
- ブラウンはイオン運動の観点からこの効果を理解している。
- 効果の詳細な物理学は理解されていない。
ブラウンはその後、様々な特許を取得しました。電気推進装置、その逆効果(運動から電気を発生させる装置)、そして1965年6月1日には、BIEFELD-BROWN効果が真空中でも発生することを示す「非対称コンデンサにかかる力」という特許が登録されています。しかし、これらの特許の説明には、観測された力の起源についての説明がなく、実験的証拠もほとんどありません。
BIEFELD-BROWN効果の実験:割り箸とアルミホイルで反重力?
では、このBIEFELD-BROWN効果は実際にどのようなものなのでしょうか?米国陸軍研究所による簡単な実験を再現してみましょう。
必要なもの:
- 割り箸
- アルミホイル
- 細い銅線
- 直流の高圧電流を流せる電源
これらを組み合わせて、図のような構造物を製作します。(図は省略、音声から想像できる形状を記述する必要があります)
この装置に高圧電流を流すと、アルミホイル部分がプルプルと浮き始めます。報告書には、30kVが印加されると、コンデンサは約1.5mAを消費し、激しく浮遊したと記載されています。
しかし、なぜこの構造物は浮遊するのでしょうか?確実な答えはまだ見つかっていないのです。ブラウンは、電荷と重力質量は結合していると信じており、現代では「電荷重力理論」と呼ばれています。しかし、この理論は根本的に疑似科学だとする見方が主流です。
BIEFELD-BROWN効果の2つの仮説:イオン風説と電荷重力理論
BIEFELD-BROWN効果の推力発生メカニズムに関して、大きく2つの仮説があります。
1. イオン風説:
高圧電流がワイヤー部分に流れる際に、コロナ放電が発生します。コロナ放電は、極度に高電圧が印加された際に光を発生させながら空気中に電荷を放出する現象です。この電荷によって周囲の空気がイオン化され、正の電荷を持つ高圧電流がワイヤーに流れているため、空気中の分子や原子は正イオンになります。生成されたイオンは、負の電荷を持つアルミホイル部分(カソード)に向かって移動します。このイオンがアルミホイルに向かって移動する過程で、空気中の他の分子と衝突し、下向きの風が発生します。その反作用として、上向きの推力が発生し、構造物が浮き上がります。
2. 電荷重力理論 (ブラウンの仮説):
ブラウンは、地球の重力と相互作用する奇妙な場が発生していると主張していました。ワイヤーとアルミホイルの間に電場が生じ、その電場が何らかの形で重力と相互作用して推力を生み出していると考えたのです。
米国陸軍研究所の報告書:イオン風説への反論
米国陸軍研究所の報告書は、イオン風説に懐疑的な見方を示しています。彼らは運動エネルギーの式とニュートンの運動方程式を用いて、イオン風によって加速された荷電粒子がコンデンサのプレートに与える力と、荷電粒子の質量、速度を計算しました。その結果、イオン風が生み出す力と、その力で動かすことのできる質量は非常に小さく、6.8 x 10⁻⁵g(約68マイクログラム)程度であると算出しました。この値は、人間のまつげを全て抜いて計量した程度に相当します。
報告書では、「イオンドリフト仮説」も示されています。これは、イオンが電極間の電場からエネルギーを受け取り、ドリフトと拡散が発生するというものです。イオンドリフトを考慮した場合、発生する推力は16gとなります。しかし、研究所はこれについても、大まかな推定であり、理論的な研究が必要だと結論付けています。
真空実験とBIEFELD-BROWN効果の終焉?
では、イオン風説が正しいと仮定した場合、真空環境下ではBIEFELD-BROWN効果は発生しないはずです。なぜなら、真空にはイオン化される分子や原子が存在しないからです。
2003年8月、Clive Thompson氏はNASAと協力して、BIEFELD-BROWN効果の科学的検証を行いました。Thompson氏は、自ら製作したアルミホイル構造物を用いて浮遊に成功しました。その後、MITの専門教授であるRainer Weiss氏に検証を依頼した結果、真空環境下ではBIEFELD-BROWN効果は観測されませんでした。
都市伝説とB-2爆撃機:反重力エンジン搭載の噂
BIEFELD-BROWN効果の研究は、様々な陰謀論を生み出しました。中でも有名なのは、B-2爆撃機に反重力推進技術が搭載されているというものです。B-2は300億ドルをかけて開発されたステルス戦略爆撃機で、その独特な形状からUFOと類似していると言われています。
しかし、BIEFELD-BROWN効果によって発生する推力は非常に小さいものです。巨大な金属塊であるB-2を飛ばせるほど強力な推力を発生させることは、現状では不可能だと考えられます。
B-2爆撃機のステルス性能とBIEFELD-BROWN効果:別の可能性
B-2の驚異的なステルス性能は、その形状、表面素材、そして電磁波吸収材によるものです。BIEFELD-BROWN効果が、ステルス性能に貢献している可能性を検討してみましょう。
もし、BIEFELD-BROWN効果を利用して機体周囲の電磁場を制御できれば、レーダー波の反射を減少させることができるかもしれません。イオン化した空気がレーダー波を散乱、吸収する効果が期待できるのです。また、機体表面の熱放射を変化させることで、赤外線追尾ミサイルからの探知を困難にすることも可能かもしれません。
結論:反重力の夢は続く
BIEFELD-BROWN効果は、反重力を操るための手段とはなり得なかったようです。しかし、この効果の研究を通して、イオン風や電磁場制御といった新たな技術の開発につながった可能性も否定できません。
ブラウンや、反重力に人生を捧げた研究者たちの夢は、残念ながら実現しませんでしたが、彼らの努力は科学技術の発展に貢献したと言えるでしょう。
さらなる探求:プラズマエアロダイナミクス
最後に、BIEFELD-BROWN効果とは直接関係ありませんが、将来の航空機技術に革命を起こす可能性のある技術に触れておきましょう。それは プラズマエアロダイナミクス です。プラズマと流体の相互作用と電磁場制御を用いることで、航空機の抵抗と操縦性を劇的に改善できる可能性を秘めています。
反重力という夢は、現状では実現不可能な夢物語かもしれませんが、科学技術の進歩はこれからも続き、いつか新たな発見が、私たちの想像を超える未来を築くかもしれません。 そして、その未来への道筋を照らすのが、まさにこうした「夢」と「現実」の狭間での研究なのです。