2024年ゲーム業界を振り返る:多様性への配慮は本当に成功したのか?

2024年ゲーム業界を振り返る:多様性への配慮は本当に成功したのか?

2024年ゲーム業界を振り返る:多様性への配慮は本当に成功したのか?

はじめに:表面的成功と裏側の疑問

明けましておめでとうございます。中井呂です。今回は2024年のゲーム業界を振り返ろうと思います。表面的には、パルワールドの大ヒットや任天堂の迅速な対応など印象深い出来事がありました。クロシンは悟空の大ヒット、ポケポケの大ヒットなど「爆売れ」業界といった感触でした。しかし、裏側ではポリコレ論争が最大のコンテンツだったのではないでしょうか?私もUBIとコンコードを話題にしますからね。

私はブルプロとかやっていましたが、世界的にゲーム業界が飛び出して話題になった点で言うと、やはり一大コンテンツとしてはポリコレ論争だったのではないでしょうか。裏のコンテンツとしては非常に強かったのではないかと思います。

ゲーム業界における多様性の潮流と疑問点

ゲーム業界的には、多様性に配慮したエンタメが爆発した年でした。しかし、ここでふと疑問が湧いてきます。そもそもなぜこんなことになったのか?誰が得をしたのか?

建前としては、多様性に配慮することで様々な人に刺さるコンテンツを作り、売上を上げることが目的です。商業的に成功させるために、ゲームも映画もポリコレ化してきたわけです。しかし、本当に売上が上がったのでしょうか?評価されているのでしょうか?

そこまでDEI(Diversity, Equity, Inclusion)の意識がない日本人としては、相当疑問です。結果だけを見ると、2024年はエンタメポリコレ論争が「終わった年」ではなかったと言えるでしょう。ユーザーの反発が凄すぎるし、「いい加減にしろ」という空気が強まっています。トランプ氏の再選もあり、ウォルマートやフォードなどの大企業がDEIプログラムの縮小や撤廃を進めていて、時代遅れ感が否めません。「ゲームも相当失敗しましたよ」といった状況です。コンコードはもう100億、200億赤字です、みたいな話とか。アサシンクリードシャドウズも、出る前から祭り上げられたわけじゃないですよね。

今回は、一つ決着した感があるので、果たしてどれくらい意味があったのか?各企業が打ち出した多様性に配慮したゲームが成功したのかどうか?ユーザーからの評判はどうだったのか?といったことを振り返り、検証してみたいと思います。それではいきましょう。

ポリコレ論争の始まり:マイノリティの不在

ポリコレってなんでそんなに話題になったのかというと、始まりとしては映画や人気のエンタメが社会的に影響力のあるものですが、そこにマイノリティが全く出てこないのはおかしいよね、とか。例えばアメリカには様々な人種がいるわけですが、白人ばかりなのは何故?黒人やアジア人がいないのはなぜ?みたいな話とか。男性ばかり活躍して、女性主人公じゃないのはなぜ?という話や、疎外感を感じてしまう、嫌な思いをさせてしまうんじゃないかといったことが問題化してきました。多様性といったことが言われてきたわけです。

企業内での話で言うと、日本では男女雇用機会均等法などがあるじゃないですか。そういうのあったんですけど、今回の話としては、エンタメやゲームにどういう影響があったかだから、そこを見ていきますけども、多様性の意識が本格化したの2010年代で、2015年に映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」が、女性キャラクターのフュリオサが中心的な役割を果たしていて、ジェンダー問題がクローズアップされた話で、女性の抵抗や反逆がストーリーの中心にあったということです。これ結構売れて、16年、17年もLGBTをテーマにした作品が次々アカデミー賞を受賞し、「ムーンライト」とかね、「ナチュラルウーマン」とかが出てきたわけです。で、2018年はブラックパンサー。マーベルのヒーローですよね。アフリカの架空の国ワカンダが舞台なので、当然アフリカの話だし黒人の話で、キャストのほとんどが黒人で興行収入が13億ドル以上の、大ヒットしました。

どれくらい凄いかというと、僕らの感覚だとね、2020年の話題になった劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」が興行収入404億円だったので、すげえって言って日本一になりましたけども、その3倍あるんか?って話ですね。もちろんアメリカの市場規模は凄いですし、かけてる広告費も全然違うんで、一概に比較するってのはちょっとアレなんですけども、それだけ大成功した事例がある。

ゲーム業界におけるDEIの取り組みと現状

ゲーム業界で言うとどうかって言うと、DEIを意識したタイトルっていうのは2000年代から存在しているものの、最近までめちゃくちゃ話題になったようなタイトルって、トリプルAタイトルとか、でっかいのはなくて、UBIはやっぱり取り組みがかなり早くて、2016年の「ワッチドッグス2」で主人公がアフリカ系アメリカ人になったりとか、2018年の「アサシンクリードオデッセイ」は主人公男女から選べるように、同性愛ができるようになったり。で、2020年代にDEIの注目度が最高潮になると、DEIを意識するタイトルが多くなりましたね。

DEI、ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン。これ頭文字を取った言葉なんですけども、多様性、公平性、包摂性ということです。つまりね、それを意識したタイトルは2000年代から存在しているものの、最近までトリプルAタイトルとかすごく注目されたでっかいのはないですね。で、そのヒットの角がやっぱりラストオブアス2じゃないですかね?2020年。主人公エリーがレズビアンで、旧ジョエルが死に、トランスジェンダーが登場し、敵側のエイビーを操作する。ということで、相当炎上して、ポリコレ関係なく賛否が分かれたタイトル。前作主人公が死ぬところから始まったらそりゃ荒れるでしょうっていうのは分かるんですけど。これがメディアとかにすごく評価されて、2020年のゲームオブザイヤーなって、海外でめちゃくちゃ流行りましたね。ちなみにユーザー投票部門の受賞者はゴースト・オブ・ツシマでしたね。

ポリコレと商業的成功の相関関係:本当に売れたのか?

良くも悪くも大作だったこともあって、3日で400万本。その後2022年春時点で1000万本を超えました。商業的にはもちろん大成功だと思います。これが結構印象深いタイトルで。あとライフイズストレンジ トゥルーカラーズとかは、特にトリプルAじゃないんですけど、LGBTQ+のリアルな表現があるし、同性愛との恋愛関係を築くことができます。売上が発表されたんですけども、発売1か月で10万本、約500万ドルというような推定もされたりします。

という事で、ゲームはめちゃくちゃストーリーからキャラクター、何かから何までポリコレ属性でトリプルAでみたいなタイトルは意外とないですね。配慮が多いです。例えばサイバーパンクはプレイヤーキャラのジェンダーとか声をカスタマイズできるようになってますし、同性愛とかバイセクシャルとかのロマンスオプションが用意されたりしますとかね。あとはみんな大好きファイナルファンタジー16とかも、バハムートがいるんですけど突然、恋人同士的なキャラが出てきてキスをするっていうシーンがあるんですけども、男同士であるということね。そういった今まではなかった配慮みたいなのがかなり仕込まれてる印象です。逆に言うと、グローバルを意識した大きなタイトルで全くそういう仕込みが見られないっていうのも、ちょっと珍しいなぐらいになってきているというか。ドラクエ3のリメイクの性別選択も、男・女じゃなくてルックスA、Bみたいになったり、ちょっとグローバルスタンダードを意識するっていうそういう気配があるのが、この最高潮の2020年代って感じですね。

ポリコレ対策の成功と失敗:ユーザーの反応

じゃあですね、そもそもその取り組みは成功しているのか失敗しているのかって話なんですけども、全部ひっくり返して言うことって難しくて、ポリコレと言われる作品にも種類があるわけですよ。例えばほとんど黒人キャストにしたブラックパンサーのように、1から10まで多様性路線の作品とか、オリジナル作品、原作的に納得感がある作品とかは受け入れられています。ライフイズストレンジにしても、シリーズ通してテーマが貫いてるから、それに対して文句言うのも変だよねって感じ。嫌だって言ったらやんなきゃいいじゃんってなるわけですよ。黒人ばかり出てくるとか、そういう作品が嫌だったら見なきゃいいじゃんってなるわけですよね。

一方で、女性版と言われているゴーストバスターズのリブートとか、アリエルがアフリカ系ジョージになった映画「リトルマーメイド」の実写版みたいに、元々の作品がそうじゃないとか、そういうイメージじゃないのに変更されているものに関しては、批判の声が上がりやすいですよね。見なきゃいいとかじゃなくて、そういうもの、なんでそうするんだとか、俺たちの好きなあれをなんでああするんだ?みたいな。アニメのひどい実写化にも近いですよね。これは。なんで俺たちの大好きなのアニメをなんでこんなクソみたいな実写化にするんだっていうのと近いですね。で、批判されているものに関しては、そこそこ売れているのもあればめちゃくちゃ爆死しているのもあるっていうことなんですけども、そこまで売上的に成功できてない印象ですね。元々のポテンシャル考えたらもっといったんじゃないのとか。リトルマーメイドの実写版とかもそこそこ売上が出てるんですけど、広告費とか制作費考えたら全然じゃないのとか。原作のこととか考えた時に普通に作った方が普通に売れたんじゃないのっていう、そういう可能性も考えられますよね。で、ゲームになると、さらにもう1種類要素増えて選択できるケースがありますと。例えばね、さっきサイバーパンクがプレイヤーキャラのジェンダーとか声をカスタマイズできるとか言いましたけど、ゲームってね、大体選べるじゃないですか。選べるゲームが存在するじゃないですか。映画だと主人公選べないですからね。なんでこのパターンだと、多様性にも配慮しつつ、選択できることによって皆がそれぞれね、楽しみたいように楽しめるようになっているということです。一方でFF16とかバハムートのホモキスシーンみたいな、結構ワンシーンなんですけど、結構言われるんですよ。これなんでかって言うと、別にホモのキスシーンを見たくない男性はまず多くて、突然ホモキスの視覚を強要されるのってきついんですよね。それが選べるんだったらいいんですけど、主人公をそういう風に選んで、同性愛の恋愛するルートに入ってそういうシーンがあれば問題ないんですけど、FF16って主人公選べないし、ルートも選べないし、シーンも選べない。まあ映画と同じなわけですよ。そうなるとユーザーがそういうつもりじゃないところに急に割り込んでこられるみたいな感じで、かなり印象悪いんですよね。なのでちょっとイチゴ狩りしただけなのにグローバルでね、売っていくにあたってちょっとそういう配慮した方がいいんじゃないですかって話になって、じゃあバハムートはちょっとゲイかバイかにしておくか?という風なことをすると、望まぬ押し付けということになってしまって、マイノリティじゃない人たちに逆に突っ込まれることになる。という訳で、オリジナル作品で多様性テーマの作品ですとかね、だったら別にいいじゃないですか。なんですけど、ナンバリングとか原作ありとかで急に多様性とか言われても僕らはそういうものを見たかったんじゃないですよってファンが言う。これは当然ですよね。今どきは多様性だよねとかでポリコレタッチするのが一番批判されやすくて、スト6も謎のMC出てくるんですけど、どうでもいいキャラだから無視されてるけど、まあ奴がプレイアブルだったら批判されていたかもな、みたいな。あとキンバリーはブスだよね。さすがに。ストリートファイターもね、これ結構戦いの歴史あって、スト5のときにめちゃくちゃブスになったんですけど、さすがにユーザーがブチ切れて、キャミーとか春麗のブスさを何とかマシにしたっていう歴史があるんですよね。カプコンそこ学習して、今いるキャラをブスにするんじゃなくて、ブスのキャラを新しく作るとか、プレイアブルじゃないキャラクターをブスにするっていうところで努力してるんですけど、特にそれが褒められたことはないなと思ってます。ドラクエ3リメイクでもね、性別を選ぶ、ルックスA、Bの話があったんですけど、そんなの必要なのかと。堀井さんが外で言ったぐらいだからね。イチゴ狩りは本当良くないなと思ってます。これはクリエイターも不満を感じていることなんで、僕らゲーマーはどんどん文句言った方がいいと思いますね。その方が、堀井さんみたいな疑問を感じてる人からすると、やりやすくなるんじゃないかな。これってね、スクリーミング言うか、売る側の言い分なんですよ、商品を。「そんなの必要なのか?」っていう堀井さんの意見に対して、「いや、これ必要なんです。今どきは」みたいな、そういう時代なんですよ、堀井さん、ハハ、みたいな。まあ、こと言われたらまあ渋々だと思うんですけども、そこでそれに対する別の意見が多くあれば、「いやいや、ユーザーはそれを求めてないし、めちゃくちゃ叩かれますよ」カントリー言えるじゃないですか。だからそこは何か遠慮せずに言っていいんじゃないかなと思いますね。

ポリコレとユーザー評価:本当に評価されているのか?

で、結局気になるのが、こういったポリコレ要素で売れたのかどうか?ってことですよね。最近はよく批判されたりするじゃないですか。そういうことはネガティブな要素はあると思うんですよ。それによってお客さんが離れることはあると思うんですけど、ただ元々はもっと色んな人にリーチして売上を上げようとか、グローバル評価されようみたいな話だから、結局ポリコレだつって叩かれて、嫌いな客よりも、「素晴らしいポリコレですね。素晴らしいDEIの意識です」って評価されたりとかしてユーザーが増える数が多いければオッケーみたいな話とか、叩かれる代わりにユーザーから絶賛されたりとかしたらオッケーだと思うんですよ。というかそうじゃないとおかしいじゃないですか、話が。なんですけど、ゲーム業界ねあんまり多様性スタート、ポリコレスタートみたいな作品なくて、そのキャラがポリコレしてる対戦ゲームとかは、コンコードも、Apexも、スト6もね、あるんですが、じゃあどこで判断するかって言うと、僕やっぱレビュー見るべきだなと思ったんで、レビューチェックしてみたんですけど、例えばね、ラストオブアス2、これポリコレ批判多かったですね。で、その批判的なね、コメントばかり目につくんですけども、高評価コメントをバーッと見た時に、とりあえず日本語のアマゾンレビューを見る限りは、評価するコメントが見当たりませんでした、正直。素晴らしいゲームです、音楽とか映像がいいし、敵対キャラのエイビーの操作と物語があるから、そこに対する批判もあるのは分かるんですけど、これを新しい刺激として好む人もいるし。そこがゲーム内で自分のやってきた行動を、行動っていうのは敵の視点からすると、それは罪なんだよ、悪なんだよみたいなことを突きつけられて、そこがストレスに感じるみたいなこと。これが映画のようなテーマでいいとかね。なんで全体的にやっぱ味が濃いからこそ賛否が分かれてめちゃくちゃ絶賛する人もいるし、低評価の人もいるという事なんですけど、どれ見てもこのゲームがポリコレしていて最高でしたっていう評価がないんですよね。「トランスジェンダーのキャラがいたから星5です」とかないんですよ。これは日本だからなのかなと思って、Metacriticのユーザースコアレビューバーッと見たんですけど、高評価のレビューは音楽がいい、戦闘システムがいい、レベルデザインがいい、グラフィックがいい、雰囲気がいい、衝撃的なストーリーがいい、リアルで暴力的な世界がいいとか。そういうゲームとしての評価がすごく高いというか。いや、このトランスジェンダーのキャラ最高だったよねとか、このレズビアンのシーンがいいんだよねみたいなのが、ざっと見た感じ見つからなくて。逆に批判的なレビューにはそういうことを叩く要素がやっぱ多いわけです。確かにファイナルファンタジー16を見ても、バハムートがホモで最高でしたってその高評価レビューはないだろうし、Apexにしても「いやライフラインが魅力的すぎて」みたいな。最高に可愛いキャラなのでこのゲームやめられませんみたいなレビューとかって見たことないですね。

メディアとユーザーの評価の乖離:誰が得をしたのか?

様々なゲームメディアとか評論家は、LGBTに配慮したコンテンツを高評価するんですけど、一方でユーザーからするとそこは叩かれる要素ではあるんですけど、評価される要素ではないなと感じてます。どっちかというとゲーム性とか他の部分が良ければ許容できるとか、まあ我慢できるとか。ラストオブアス2にしても、「そういう要素で不快感するの勿体無いよ」と言われるくらい。そういう要素が最高によいみたいなことを言ってる人ってね、未だ見たことないですね僕は。なので人気シリーズにポリコレタッチしてもユーザーは評価してないし、売上にプラス要素はないんじゃないかな。むしろ反感がある分マイナスなので、とりあえずやっておくかでやってる感じあるんですけど。振り返ってみると、誰が得してんだろう?みたいなことですよね。

ポリコレ戦略の真の勝者:ポリコレコンサルタント

じゃあ得したのは誰かという話なんですけども、ユーザーはね、だって見たくないもの見せられて怒ってるわけじゃないですか。損してますよね。大多数のユーザーが求めてないわけなんで、普通にその高評価レビューにこういうの求めてました、みたいなのがないってことは、求められてはいないような気がしますよね。一方でじゃあ企業は時代の流れだからとか言って乗っかってみたら、めちゃくちゃ叩かれてますよね。最初は何かよくあれと思ってた。でも叩かれるのが怖くてポリコレによったにも関わらず今逆にもう叩かれてる。UBIなんかは株価が終わりかけててテンセントに買収されそうってニュース流れてます。一方儲かったのは誰かと言うと、ポリコレコンサルとか活動関連者ですよね。あと多分政治家とかね。コンサル会社を作ってUBIとか好き勝手から金もらって口を出し続けてきた。でも世の中が嫌なものにうんざりしてきて、いい加減にしろってなって、トランプが当選して逆転したみたいな状態。なので結局ユーザーも企業も損しただけで、一部の人だけがマイノリティの人を守ろうとか配慮しようとかそういうものを利用して儲けた人たちだけが得したなって言う。うまくビジネスに変えた連中だけが私腹を肥やしたなという印象ですね。

まとめ:ポリコレは万能薬ではない

という訳でまとめなんですけども、ポリコレ=悪っていうわけじゃなくて、最初からポリコレ系コンテンツってのもアレですけど、そういったものとして世に出る分には特に問題ないじゃないですか。住み分けできてますからね、ちゃんと。それは監督とかプロデューサーの作家性にもよるし、そういったものを求めてる人がいるっていうのも事実なんで、それはそれでやればいいと思うんですよ。ただそのシリーズとかナンバリングとか原作のあるものを歪めた形で出すとかそういう風なものを作る気がないのに、配慮してないみたいなことを言うのは違うんじゃないって事ですよね。だから白人だらけのゲームとか、美男美女だらけのゲームが出たとして、それは配慮してないって言うのはそれは違うだろう。文句は言うなよって感じですよね。そもそもエンタメなんて今の時代、みんなに好かれるってのは不可能なんですよ。あまりにもコンテンツが細分化しすぎて、多様化しすぎていて、特定の属性の人に刺さるみたいなコンテンツじゃないと、もう誰にも相手にされなくなっちゃうんで。逆にその一部の声の大きい人の意見を聞いて怖がったりするのは良くないよなってことですね。もともといるファンからしたら違和感があって、反発するのは当たり前です。結局そういう意見を聞いてね、取り入れたりタッチしたりして、それが売上に繋がってるかって言うと、別にそんなことないんじゃないですか。評価してるのはメディアだけで、高評価してるユーザーもポリコレ的な要素に全然触れてないし、意味がなかったよねというお話ですね。はい、という訳でですね、それって本当かなと思っていて、このポリコレの流れはそろそろ終わるんじゃないかというところと、結局多様性をめちゃくちゃ取り入れたからといって売れるってことはそんななかったよな、特にゲームにおいてはなかったですねということですね。どっちかというとオープンワールドみたいなゲームでそういう選択肢もありますよっていう用意の仕方が一番スマートなのかなと思いました。で、今後なんですけども、今ゲーム作ってるものがどれくらい軌道修正できるかですね。2020年以降くらいに開発されたゲームというのはそういうポリコレ要素を取り入れることが前提として進められてるものも多いと思うので、それがどういう形で着地していくのかなとか、それが出た時にどういう反応がユーザーが出るのかなといったところを今後も見守っていければなと思います。そんなわけで皆さんはどう思ったでしょうか?僕が今回一番言いたかったことは、ポリコレ要素を足したことでプラスになった部分って果たしてどれくらいあるんですか?っていうことでしたね。正直、そこはまあまあ我慢できるよ、ゲームが面白いからねみたいな人が多いんじゃないかなと思いました。という訳で以上、中井呂でした。今年もよろしく。